IT技術者がAIと共に生きるには
2025年8月1日 初稿
最低でも初学者以下はもう負けている
はじめから分かりやすく書くと、もう半端なITエンジニアよりGitHub Copilotのほうがはるかに「使える」時代になりました。人間をオフィスのデスクに座らせて製品をコーディングさせるまでには思ったよりもコストがかかります。ざっと考えるだけでも
- 求職情報の整理
- 会社ホームページあるいは情報サイトへの求職情報の掲載
- 書類選考
- 面接の準備と日程調整
- 採用・不採用の判断
- 雇用契約書や保険など入社にあたっての書類手続き
- PC類の購入
- 配属先でのオリエンテーション
実際はもっとあるでしょう。しかもこれらの作業は人事部の人間ひとりだけで完結するものではありません。人間ひとりを採用するだけでも多くのステークホルダが働かなければなりません。一方でGitHub Copilotを見てみましょう。
- GitHubアカウントを無料で作成する
- Visual Studio Code(VSCode)を無料でインストールする
- VSCodeにGitHub Copilotの拡張機能をインストールする
……以上です。無料版のまま使ってもいいですし、ビジネスプランでサブスクリプション契約をするにせよ2025年8月時点では1ユーザあたり月額19ドルで機能のほぼすべてを利用できるようです。つまりなにが言いたいのかというと「導入」の時点ですでに金銭的・時間的に大きな差をつけられているということです。
「機能的」にも、特定領域に特化したAIは並の人間以上に高速で働いてくれます。GitHub Copilotを使ってみたときの衝撃はずっと忘れないでしょう。関数の名前を書くだけでこれから実装しようとしていた中身が先回りでサジェストされ、Tabキーを入力するだけで完結する驚き。ユニットテストのテストパターンすらも先回りされる驚き。無料版の範囲でしか利用していないものの、たしかにAIが台頭しているという確信をGitHub Copilotで得ることができました。
当然この体験の裏には「自分がなにを作ろうとしているのか」「なにをテストしようとしているのか」「サジェストされたコードは妥当かどうか」を人間が判断しているわけですが、いわゆる「よくあるロジック」を書くだけなら人間が考えずともAIが大量の学習データをもとに導き出したコモンプラクティスを一瞬で提示してくれるわけです。まるで旅客機の操縦士のごとく、自動操縦に身を委ねているようです。
人間はなにをしていくべきか?
AI開発は止まりません。AI開発に投資している企業からしても止めるわけにはいきません。ビッグテックが熾烈な競争を繰り広げ、AI人材の転職がブルームバーグでニュースになるほどです。仮にAI開発が滞るとすれば、計算資源の物理的な枯渇か電力不足、あるいは電力や発電に絡んだ環境問題によるものくらいのように思えます。ただし今はもうGoogleが原子力発電に参画するような時代でもあるので、資源的な問題が深刻になるか現文明が意図的に技術発展の停止・停滞を選ぶかでもしないとAIの進化は止まらないようにみえます。
もう企業はAIを使うという選択肢を選ばざるを得ません。AIを使ったほうが、AIを使わない企業より効率的に働くことができるからです。それが市場競争で優位に立つことに繋がり、利益や株価の上昇に繋がる以上、わざわざ使わないのもどうかしています。株価に関連して言えば、もしAIを使わないならなぜそのような判断に至ったのか投資家に対して説明をする責任すらあるでしょう。
そういうわけで、IT技術者がコーディングで1行1行なにかを書いていく時間はこれからAI開発と学習データの蓄積がより進むほどにつれてもっと減っていくことでしょう。プログラミングでもっとも利用するキーはTabキーとEnterキーになるような未来が待っています。これはプログラミングが好きな人間からすれば悪夢に見えるでしょうか?それとも有象無象に費やすタイピングの時間が減ったことを喜ぶでしょうか?実は後者の考え方こそが、これからのIT技術者がAIと共に生きていくために必要だと思います。
AIが1秒でできる実装に価値はないのです。いや、もとからなかったのです。今までたまたま許されていただけで、AIによってそれが再確認されただけです。むしろそれに時間を費やさなくてよかったと思うことにしましょう。AIはみんながやっていることをやります。あなたはあなたにしかできないことをやってあなた独自の価値を生み出すべきです。AIは人間から仕事を奪うのではなく、各自が持っている真の専門能力を浮き彫りにさせるのです。
ソフトウェアを売るということは問題解決方法を提供するということです。今ソフトウェアによって解決しなければいけない問題はなにか。今提供しているソフトウェアをベースに新たに解決できそうな問題はなにか。ユーザはそれで満足しているか。ユーザの要求を満たすためにはどのような設計が必要か。設計をもとに実装するにはどのように人やお金を使わないといけないか。実装されたコードはどのようにテストすれば品質が担保されていると言えるのか。製品をどのように市場へアピールするか。雇われの身ではただ単にプログラミングをしていれば銀行口座に給料が振り込まれると思いがちですが、それは問題解決方法を提供するための末端の作業でしかありません。そしてそれはみんなが書くようなものであればあるほど(学習データに多く含まれていればいるほど)AIに取って代わられてしまいます。
AIを使っても実力を発揮できる領域がない場合はどうすればいいのでしょうか?難しいですが単純です。鍛えればいいのです。より面倒なこと、より難しいことに挑戦していってAIではカバーし切れない深い仕事に取り組んでいくしかありません。幸いにも日本は会社が従業員を解雇するハードルが高いように法整備されていますから、この文章を読めている時点で頑張る時間はまだ残されていると思います。
ではこれからIT業界を志す人間はどうすればいいのでしょうか?それもこれまでの話の流れを汲んで考えればいいのです。つまり、AIがカバーし切れない領域まで面倒をみる真のエキスパートを志していくのです。ただしその領域はAI開発が進むほどに狭くなっていくでしょう。それでも探求を止めないこと、探求し続けられるように訓練していくこと、またそのような姿勢を証拠を以てアピールできることが求職者にとって一層大事になっていきます。IT企業側も事業が高度になればなるほど、単に人手を増やすための採用戦略から脱出して、はじめに挙げた様々なコストを払ってでも投資に値する人材を見極めようとするはずです。厳しいですが、これまでどおりかそれ以上のやりがいはあるはずです。
おわりに
「AIができることに価値はない」というのが僕の意見です。これはプログラミングのみならず、一見高品質に見えるイラストや音楽に対しても同じことを主張します。AIがそれっぽくなんでもできるからこそ、自分自身にしか発揮できない能力や表現、価値について考えていくべきです。